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11月8日 柴崎友香と米田知子 

柴崎米田



日付と出来事はどうして記憶されるのかと言えば、たいていは、印象的な何かが起こった、忘れがたい誰かに出会ったというような、自分に“あった”ことによってだけれど、自分に“なかった”ことによって記憶される日だってある。
東京で柴崎友香と米田知子が対談する、その場に居合わせられ“なかった”日としてこのあいだの木曜は過ごされてしまったのだった。
去年の夏に一度だけ作ったFUTABA+のアート本紹介冊子はこの二人について書きたかったから作ったと言っても言い過ぎじゃなくて、その冊子で米田知子の写真集『After the Thaw 雪解けのあとに』について書いた文章を、行けなかった、もう終わってしまった対談イベントに(勝手に)寄せる、今日の日記。






 先日発表された第151回芥川賞を受賞した柴崎友香の『春の庭』の単行本の印象的なカバー写真は、本作『After the Thaw 雪解けのあとに』を撮影している米田知子の前作『暗なきところで逢えれば』に収められている一葉が採用されたものだ。窓がある、室内の暗闇から浮き出すようにその窓の向こうには光を受け青々しい緑の葉をつけた木や草がある。それは一見、何の変哲もなくただ美しい写真だ。しかしどのような歴史を経たのちになお存在する場所を写したものであるかが知られるとき、もはやそれは「何の変哲もなくただ美しい」、「印象的な」だけではないものとして観る者に感受されざるを得ない一枚となる。
 
 米田知子の写真が柴崎友香の小説の表紙を飾る、ということは考えてみれば至極当然のことのように思える。この二人の作家がそれぞれに撮り、また書くことによって表現していること、見ようとしているもののある部分は非常に近しいところにある。いささか乱暴な言い方をしてしまうならば、それは、ある場所や風景のなかに流れた過去の時間や歴史や記憶と、いま現在その場所や風景の前に立つ者とはどのように関係し得るのか、ということだ。
 
 米田知子が本作『After the Thaw 雪解けのあとに』で撮影した二国、ハンガリーとエストニアは、ともに長く抑圧された時代を経て、ヨーロッパの東西を分断した鉄のカーテンの崩壊、ソ連の解体を期に独立・民主化を成し遂げた来歴を持つ。その情報の詳細を事前に頭に入れないまま写真集を捲っても、歴史の残す深い爪痕を写真のなかに見出すことはできる。特に後半部のエストニアの写真群では直截に銃弾やかつての書類、墓地や傷ついた紋章、廃墟となった建物の写真などが次々と現れる。しかし、本書に文章を寄せている四方田犬彦が述べるように「もし言葉が添えられていなかったとすれば、これらの映像はわれわれに、未知の国の未知の風景として眺められ、それなりの感興の後に忘れ去られてしまうだろう」。
 
 そこで米田知子は、写真に必ずタイトルとキャプションを添える。丁寧で、時に饒舌なまでに詳細な巻末の説明を読むと、そこがどのような歴史の舞台となり、厚みを持った時間を経てきた場所であるかということを観る者は改めて思い知ることになる。すると風景と「わたし」の関係性は変容する。極めて意識的に真正面から捉えられ、ほとんど人物が排された風景写真のなかに、かつてそこに存在したものたちの痕跡がありありと浮かぶようにすら思えてくる。目の前の写真には決して写っていないものが、目の前の写真によって想起される、という奇妙で逆説的な体験が観る者のなかに起こる。風景の中の時間は、たんに流れ去っていくものではなく、場所や風景に堆積し、刻みつけられ、「何層にも折り重なってできている」ことに確かに思い及ぶ。
 
 柴崎友香の『春の庭』や、あるいは『わたしがいなかった街で』は、他の様々な要素を含みながら、過去のこの場所と現在のこの場所のあいだにある隔たりと繋がりを執拗に描いている。そのふたつは日常の中でふと近づいては、ふたたび遠ざかっていく。わたしたちがいま立っている場所はかつての膨大な時間といくつもの小さな記憶と様々な側面の歴史が混ぜ合わさり溶け合いながら、いま現在も更新され続けている。風景のなかに潜むそれらは現代のわたしたちにはほとんど感受されないまま放って置かれている。しかし感受されないからと言って、それらが存在しないことにはならない。それに確かに触れようとすること、そう簡単に触れられないことも含めながら、そこに流れ込んだかつての時間をいま目の前にある風景のなかに見出そうとすること。その気が遠くなるような作業には確かに意味があるのだと、柴崎友香の小説と同じように、米田知子の写真もまたわたしたちに語りかけている。



(Y)

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