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5月29日 読み終わらない本を持つこと 

パノララ

一か月、いや二か月以上ずっと鞄に入れて持ち歩いているのに読み終わらない、
読み終える気がない本を持っている。
ほんの五分の通勤電車のなか、上映が始まる前の映画館、外出先の飲食店、
たまに鞄から取り出してその文字列を読み進めはする、
けれどそこでだって開かれるのはだいたいが「いま読んでいる別の本」で、
「読み終える気のない本」は滅多に手に取られることはない、
なぜなら読み終える気がないのだから。
一週間に一度か二度開いては数ページを読み、またしばらく読まない日は続く。
本当に好きで読んでいる作家の小説ほど、そういう時間のかけ方で読む傾向が年々強くなっている、
というより、
そういう時間のかけ方で読める小説が年々好きになっている、と言った方が正確だろうか。
その本の存在を忘れているわけではもちろんない、
何しろいつも鞄に入っているのだから、
かと言っていつもその本のことを考えているわけではやっぱりない、
別の本たちが入れ替わり立ち代り読み進められているのだから。
そうやってだらだらと時間をかけて読み進める「読み終える気のない本」は、その言葉や情景は、
日常生活に紛れながら、思いがけず記憶に定着し、日に日に熟成されて、開くたびごとに懐かしい。
それはまるである時期をともに濃密に過ごした古い友人や
幼年期を過ごした土地、その近所の諸々のように。
ある小説家は「どんなに長い小説でも自分が小説を書くよりは短い時間で読める」と言っていた、
それは小説読みを鼓舞する文脈のなかで述べられた言葉だけれど、言い換えれば、
どんなに長い小説だってやっぱりいずれは読み終わってしまうのだ。
だったらそれをできるだけ引き伸ばしたい。
なるたけ長く伴走したい。
だから今日も鞄のなかに読み終わらない、
読み終える気がない本を持っている。

(Y)

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